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最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)119号 判決

上告人

北海道地方労働委員会

右代表者会長

山畠正男

右指定代理人

中島一郎

外四名

右補助参加人

ネッスル日本労働組合

右代表者執行委員長

笹木泰興

上告人兼右補助参加人

ネッスル日本労働組合日高支部

右代表者執行委員長

秋田静夫

右両名訴訟代理人弁護士

古川景一

市川守弘

伊藤博史

杉山繁二郎

佐藤久

阿部浩基

岡村親宜

藤原精吾

野田底吾

宗藤泰而

筧宗憲

被上告人

旧商号ネッスル株式会社

ネスレ日本株式会社

右代表者代表取締役

ハンス ユルゲン クレット

被上告人

日高乳業株式会社

右代表者清算人

湯浅恭三

右両名訴訟代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

中町誠

主文

本件各上告を却下する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一  上告人ネッスル日本労働組合日高支部の上告について

補助参加の許否の裁判は決定をもってすべきものであり、その決定に対しては即時抗告が認められているところ(行政事件訴訟法七条、民訴法六六条)、記録によれば、第一審は、上告人ネッスル日本労働組合日高支部の補助参加の申立てを却下する判断を終局判決の中でしており、原審はこれに対する不服申立てを控訴として扱った上、控訴棄却の判決をしている。そうすると、原審は、本来決定で裁判すべき事項につき判決で裁判したものであるが、本来の手続である決定よりも慎重な手続である判決により判断を示したことによって当事者に不利益を与えるような事情は認められないのであるから、この点だけをとらえて原判決を破棄すべきものとはいえない。また、右控訴棄却の判決に対して法定の上告期間内にされた上告は、原審の採った判決という裁判の形式に応じてされたものであるから、不服申立ての形式や不服申立期間の遵守に関しては適法というべきである。しかし、原審が判決という形式を採って判断したからといって、本来当審の審理の対象とならない事項についてまで当審が審理判断すべきこととなると解すべき理由はない。そうすると、結局、右上告についての当審の審理の対象は、補助参加の申立てを却下すべきであるとした原審の判断について本来当審として審理判断し得る事項である民訴法四一九条ノ二所定の抗告理由の有無の範囲にとどまるものと解すべきである。

よって、この範囲において検討すると、所論は、違憲をいうが、その実質は原裁判の単なる法令違反を主張するものにすぎず、同条所定の場合に当たらないと認められるから、上告人ネッスル日本労働組合日高支部の上告は不適法として却下すべきである。

したがって、また、同支部が上告人北海道地方労働委員会補助参加人としてした上告も不適法として却下を免れない。

二  上告人北海道地方労働委員会補助参加人ネッスル日本労働組合の上告について

控訴審において全部勝訴の判決を得た当事者は、上告の利益を有しないから、上告をすることは許されない。記録によれば、第一審において被上告人らの請求につきその一部に係る訴えを却下しその余の請求を棄却する判決がされたのであるから、請求棄却を求めていた上告人北海道地方労働委員会又はその補助参加人としては、右却下部分につき控訴をすることができたところ、同上告人及びその補助参加人においてこれに対する控訴も附帯控訴もしないまま、被上告人らの控訴を棄却する旨の原判決が言い渡されたことが明らかである。そうすると、同上告人は控訴審において全部勝訴の判決を得たものであるから、同上告人又はその補助参加人が上告をすることは許されない。したがって、上告人北海道地方労働委員会補助参加人ネッスル日本労働組合の上告は、不適法として却下を免れない。

三  よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子)

上告人北海道地方労働委員会補助参加人ネッスル日本労働組合及び上告補助参加人兼上告人ネッスル日本労働組合日高支部の代理人古川景一、同市川守弘の上告理由

はじめに

本件事案の概要は、原判決の確定した事実によれば、次のとおりである。

一 第一審原告ネッスルにおいては、労働組合組織を使用者側に協力的なものにさせる目的で本社管理職の中枢までも動員して組織的かつ計画的に島田支部の運営に介入したことが認められる等、元ネッスル労組の支部に支配介入した。

二 補助参加人ネッスル労組は、昭和五八年一月一五日に、前労組日高支部は同八日にそれぞれ反対派を排除し独自の構成員が集まって大会を開催し、組織の根幹をなす役職の選出を終えて、組織の存在と独自の活動を宣明し、これらの日に独立の労働組合として存在するに至った。

三 補助参加人ネッスル労組及び前労組日高支部は、昭和五八年一月一二日、同月二〇日、昭和五九年二月二五日、第一審被告地労委に不当労働行為救済申立をなした。

四 前労組日高支部は、第一審被告地労委の資格審査の結果、昭和五八年一一月二五日労組法に適合する旨の決定を受け、同年一二月一九日登記を経由して法人格を取得した。

五 第一審被告地労委は、本件救済命令を昭和六二年三月五日第一審原告日高乳業に交付し、翌六日第一審原告ネッスルに交付した。

六 前労組日高支部に属する労働組合員は昭和六一年春頃までに磯貝昭広ら三名となり、この三名は昭和六二年二月二八日補助参加人ネッスル労組に対し脱退の意思表示をし、同年三月六日頃同補助参加人にその旨の届出書面を提出して前労組日高支部から脱退し、遅くとも同月六日頃には日高支部の組合員が一人も存在しないこととなった。

七 前労組日高支部名義にかかる昭和六二年三月六日付救済申立取下書が、昭和六二年三月九日、第一審被告労働委員会に到達した。

八 第一審原告日高乳業は、第一審原告ネッスルとは別法人であるが、原告ネッスルと業務提携し、原告ネッスルの製品をも製造し、正社員はすべて第一審原告ネッスルにより採用されて第一審原告ネッスルから出向した従業員であり、労働条件については元ネッスル労組と第一審原告ネッスルとの交渉により決定されていたものであるところ、第一審原告日高乳業は、南日本酪農協同株式会社に対し、日高工場の施設の所有権及び営業権一切を譲渡した。

九 補助参加人ネッスル労組の規約一五条二項には、「支部の設置、改廃については、本部執行委員会の決定による。但し、この場合は事前または事後に全国大会の承認を得る。」との規定が設けられている。補助参加人ネッスル労組は、昭和六二年七月一八日開催の本部執行委員会において、かって日高工場に勤務した組合員で霞ケ浦工場に配転された者をもって再建日高支部(補助参加人労組日高支部)を構成するものと決定し、同月二五日の支部再建大会で秋田静夫を支部執行委員長に選任した。

第一点 原判決には、支部組合の設置改廃につき、労働組合の支部の組織単位たる工場に勤務する組合員が一人もいなくなったこと及び当該工場に組合員が現れる現実的可能性が当面失われたことをもって支部組合の消滅事由とし、また、支部の設置改廃に関する組合本部規約が適用される余地はないとの判断を示した点において、憲法二八条、二一条の解釈を誤り、労働組合法一〇条、一二条に違反した違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことも明らかであるから、取消されるべきである。

一 原判決は、第一審判決の付加訂正を行い、補助参加人ネッスル労組の下部組織たる日高支部の消滅事由につき、「日高工場に勤務する前労組日高支部所属の組合員がひとりも存在しなくなり、しかも経営者の営業譲渡により日高工場に補助参加人ネッスル労組の組合員が現れる現実的可能性が当面失われたことは、同支部の消滅事由となる。」と判示し、支部の設置改廃について定めた本部規約一五条二項について、「支部組合員が欠亡したときは、労働組合としての支部組合の存立要件である人的構成要素を欠缺し、労働組合としての実体が自然消滅したことになるのであるから、右の条項の適用される余地はないというべきである。」と判示した。

原判決は、その上で、第一審判決の付加訂正を行い、「前労組日高支部は、日高工場に勤務する前労組日高支部所属の組合員が一人も存在しなくなった遅くとも昭和六二年三月六日頃に自然消滅した」「再建日高支部(補助参加人労組日高支部)は、従前の前労組日高支部とは全く別個の組織である」との判断を示した。

原判決は、右判断を根拠に、補助参加申立人労組日高支部の補助参加申立を却下した第一審判決の結論を維持し、また、控除組合費の返還以外の前労組日高支部に関する本件救済命令が確定しても「原告らにとって何らの義務あるいは負担を伴うものではな」いと判断し、その取消を求める請求については訴えの利益を欠くものとして不適法であり却下するとの第一審判決の結論を維持した。

二 憲法二八条は労働者の団結する権利を保障している。その団結する権利とは、団結する権利すなわち労働組合を結成したり組合に加入する等する権利のみならず、団結を解く権利すなわち労働組合を解散するか若しくは組合を脱退する等する権利をも含む。また、労働者個々人と労働組合のいずれもが、団結する権利の主体となる。

団結する権利と団結を解く権利をどのように行使するかについて、当該労働者と労働組合の意思に委ねるのでなければ、団結権は保障されない。

さらに、団結する権利とは、将来に向けて団結を形成する権利をも含む。そのことは憲法にある「団結する」という文言に照らしても明らかである。また、団結する権利は、団体交渉権及び争議権の行使と不可分の関係にあり、より多くの労働者が結集してこそより有利な労働条件を獲得する可能性が大きくなるのが通例であるから、過去に形成された団結している状態を維持するだけではなく、将来に向けてより大きな団結を形成することを保障するのでなければ意味がないためである。

具体的には、労働組合もしくは労働者が労働組合に結集する労働者を増やすことのみならず、労働組合の構成員が存在しない職場で労働者の労働組合加入を促進するための準備行為を労働組合もしくは個々の労働者がなすことも、団結権として保障される。さらには、労働組合の支部の構成員が消滅して支部組合としての具体的活動が停止した場合において、支部組合の有形無形の財産を保全し、支部としての具体的活動が可能となるよう準備し、構成員が生じて具体的活動が可能となったときに支部財産と関係記録を引き継がせるよう組合本部とその下部組織及び組合員が措置を講じることも、団結する権利として保障されるのである。

将来に向けて団結を形成することが、団結権の本質的内容の一つである以上、その団結権を具体化する組織である労働組合の存否についても、この団結権の本質に即して判断されねばならない。すなわち、労働組合の支部組合で法人格を有するものが、その構成員を一時的に失い、団体交渉等の具体的活動においては休眠状態となったとしても、将来に向けて当該支部の組織単位である職場に勤務する労働者を獲得して団結を形成する団結意思を持ち続け、将来の具体的活動の再開の時に備えて組織的財産的基礎の保全を本部組織とこの指揮下にある下級組織および労働組合員が行っている限り、この団結意思と組織的財産的基礎の結合体は、団結を再形成するための法人格として存続し続けるのである。かかる法人格の存在を否認することは、憲法の保障した団結する権利を否定することと同義なのである。

にもかかわらず、原判決が、法人格の有無を問わず、支部組織の組合員が一人も存在しなくなることをもって支部組織の消滅事由であると判示し、また、「前労組日高支部が自然消滅したと認めるのは、…………、憲法二八条、二一条の趣旨に違反するとの評価をうけるべき謂われもないことも当然である。」と判示したのは、憲法二八条の解釈を誤ったものであって、右憲法解釈の誤りが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかなのである。

三 憲法二一条は、結社の自由を保障している。結社の自由には、憲法上法律上の合理的根拠なくその存在を否認されない権利を含む。また、結社の自由には、憲法上法律上の合理的根拠なく結社の内部的自治に介入されない権利を含む。

結社が国家機関によって解散もしくは消滅を宣言される場合には、解散もしくは消滅の要件から主観的要件が除外されることを必要とする。何故なら、右要件が定められる際に主観的要素が含まれていると、主観的恣意的判断により結社がその存在を脅かされる危険があるからである。

しかるに、原判決は、憲法上法律上の根拠なくして、前労組日高支部が自然消滅したと判断してその存在を否認し、また、組織本部の規約の適用を排除した。

さらに、原判決は、「経営者の営業譲渡により日高工場に補助参加人ネッスル労組の組合員が現れる現実的可能性が当面失われたこと」をも、前労組日高支部の消滅事由となると判示した。「現実的可能性」や「当面」という要素は判断者の主観に頼らざるを得ないものであるから、かかる消滅要件を定めて結社の存続を不安定ならしめることは、憲法二一条違反と言わざるを得ない。

にもかかわらず、原判決は、「前労組日高支部が自然消滅したと認めるのは、…………憲法二八条、二一条の趣旨に違反するとの評価をうけるべき謂われもないことも当然である。」と判示したのであり、原判決が憲法二一条の解釈を誤ったことは明らかであって、右憲法解釈の誤りが判決の結論に影響を及ぼすことも明らかなのである。

四 憲法二八条および二一条の制定をうけて、労働組合法も昭和二四年に改正された。すなわち、改正前の旧法(昭和二〇年制定)では、労働組合の解散事由として、破産、組合資格否認の決定、裁判所の解散命令が定められていた。しかし、これらの事由は、いずれも労働組合自治の原則に対する国家の不当な干渉になるという理由から除かれたのである。

その結果、昭和二四年改正以降の労働組合法一〇条は、解散事由につき、規約で定めた解散事由の発生、もしくは、組合員又は構成団体の四分の三以上の多数による総会の決議の二つに限定した。しかも、同法第一二条は民法の法人に関する規定を準用することを定めているが、その準用規定の中に民法六八条(解散)は含まれていない。

これを他の法令と比較するに、社団法人の場合には社員の欠亡をもって解散事由と定めている(民法六八条)。しかし、財団法人の場合には、機関構成員の欠亡は解散事由とならない。さらに、合名会社の場合には社員が一人となることをもって解散事由と定めている(商法九四条)。しかし、株式会社の場合には、社員が一人となることをもって解散事由とする定めがなく(商法四〇四条)、その反対解釈として一人会社の存在を肯定するのが通説である。すなわち、労働組合以外の法人については、その構成員の欠亡もしくは一定の数以下となることを解散事由とする明文規定がないかぎり、解散となることがないのである。

右のごとき立法経緯、条文の規定、他の種類の法人との比較からして、法は、規約の定めもしくは法所定の総会決議という組合内部自治の範囲においてのみ、労働組合の解散を肯定しているのである。

労働組合法一〇条が解散の法定要件を定めてその例外規定を設けることを禁止していると解することは、公益的見地からも充分合理性を認め得る。なぜなら、近代法において労働者が団結する権利を認められるに至ったのは、労働者の長年にわたる努力の貴重な結果であり、単なる営利の追及等を目的とした市民法上の結社の権利とは甚だしく異なるものであるから、我国憲法並びに労働組合法においても、労働者の地位の向上をはかるため、勤労者の団結権を明文をもって保障しているのであって、これらの法の精神に鑑みるときは、一旦成立した労働組合の解散については、市民法上の一般社団法人等の解散要件に比して若干の差を設け、法定要件を定めてその例外規定を設けることを禁じていると解することは、労働組合保護の精神に徴して公益的見地からの充分合理性を認め得るのである(労組法一〇条二号に関する大阪高判四一・一・三一、判例時報四五〇号五四頁参照)。

原判決は、解散という言葉を用いることなく自然消滅という言葉を用いているが、その要件としているのは支部組合員の欠亡であり、民法が社団法人の社員の欠亡をもって解散事由としていることとの対比において、消滅という言葉が意味するものは、法律で用いられている解散という言葉の意味するものと相違がない。また、原判決は、単なる事実状態の表現として自然消滅という言葉を用いているのでもない。なぜなら、原判決は自然消滅という言葉の意味について「実体を喪失した事実をそのまま評価するものにすぎない」と明言して「評価」であることを明らかにしているのみならず、自然消滅を理由に補助参加人労組日高支部が権利承継したことを否定し、また、自然消滅を理由に第一審原告らが本件救済命令の大部分を履行する義務と責任が消滅したと判断し、もって、実体的権利関係の存否を判定する根拠としているからである。

よって、労働組合法一〇条、一二条に定めのない解散事由を設けた原判決は、これは法定要件を定めてその例外を設けることを禁止している労組法一〇条、一二条に違反するものであって、右違反が判決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。

五 憲法により保障された団結権の主体たる労働組合の解散もしくは消滅を肯定するのは、法に規定があり、かつ、その法の定める要件が合憲である場合に限定すべきであり、裁判所が独自に解散もしくは消滅の要件を設けることは、憲法擁護のためにやむを得ざる特段の事情がある場合に限られる。

なぜなら、憲法は、悲惨な戦争を国家が遂行した歴史の反省を基礎に、主権在民を貫徹するための民主主義制度に不可欠なものとして、団結権の保障を憲法上の明文で定めた。これは、団結権規定の存在しないことが少なくない他国憲法と比較して、日本国憲法の際立った特徴となっている。かかる歴史的背景をもち、また、条文上の特徴も備えて、団結権が憲法上の権利として保障されるのであるから、団結権の主体たる労働組合の解散もしくは消滅に関する要件は、憲法上の手続規定を考慮して慎重に定めることが要請されており、具体的には、第一義的に立法府により慎重に定められるべきである。とりわけ、憲法は明文で「団結する権利」という文言を用いて、団結権が将来に向けての形成的な権利も含むことを明らかにしているのであり、また、憲法は結社の自由を明文をもって保障しているのであるから、解散もしくは消滅という将来に向けて団結を形成することを断念させ、また、結社を解体する行為の要件については、国権の最高機関でありかつ国民に信を問う手段の備わっている立法府が第一義的に行うべきであり、司法が労働組合の解散もしくは消滅に関する規範を形成することについては謙抑的であることが憲法上要請されているのである。

日本国憲法下における司法の歴史を見ても、労働組合の設置・改廃について、司法は謙抑性を発揮してきた。このことは組合分裂法理を巡って象徴的に表れてきたとされている。すなわち、司法は、「労働組合においては一般社団にみられない分裂現象が頻繁に起こる」「法がこの点に関し何らの配慮をしなかったのは不備というほかないであろう」(最高裁判所判例解説 昭和三二年度 民事篇 二五三頁)との見解を持ちながら、過去の判例ではすべて分裂法理の適用を回避して一方の脱退という法律構成を堅持してきたのである。これは司法の謙抑性の表れであるとされている。

司法が、分裂法理の適用について極めて慎重な態度をとりながら、組合の解散もしくは消滅について法に定めのない規範形成に積極的な態度をとるのであれば、かかる差異を設けることについての合理的理由が必要である。

六 原判決が、支部組合の組織単位たる工場に勤務する組合員がひとりも存在しなくなり、かつ、当該工場に組合員が現れる現実的可能性が当面失われたことをもって、支部の消滅事由となると判断したことは、日本の労使関係の実情に照らし不合理である。

何故なら、ドイツやアメリカにおいては、工場労働者は採用される際に就業場所が明記され、契約に特段の定めがない限り他工場に配置転換されることがないのが通例であるとされている。また、ドイツやアメリカにおいては、企業別ではなく産業別に労働組合が組織されているのが通例である。これに対し、日本では、企業別に労働組合が組織されていることが多く、企業内では就業規則を根拠に工場間の配置転換がなされることが少なくない。現に、本件事案において日高工場勤務の補助参加人ネッスル労組所属の組合員が昭和六二年春までに三名に減少した最大の要因が日高工場から霞ケ浦工場への配置転換によるものであったことは、秋田本人尋問結果によっても明らかである。他方、補助参加人ネッスル労組は、平成三年以降だけをみても、組合員の存在しなかった工場から組合員加入申し出を受ける等して、組織人員を大きく増やしている。すなわち、東京支部執行委員長を分裂以前より勤め続けていた植野修が渋谷区議会議員(公明党所属)となって一名減少する一方、霞ケ浦支部で一名、東京支部で二名、島田支部で四名、組合支部の存在しなかった姫路工場で二名が、第二組合を離れて補助参加人ネッスル労組に加入している。企業内組合であるがゆえに、企業内の工場間移動が頻繁にあると同時に、組合員が存在しない工場から組合員を迎え入れることも比較的容易にできるのである。その過程で、組合が支部の組織単位としている工場から一時的に組合員が存在しなくなることも往々にしてあり得ることである。

原判決の判示するがように企業内組合が支部の組織単位としている工場から一時的に組合員が存在しなくなったことをもって、当該支部組合が自然消滅するとすれば、その都度、当該支部組合は清算をなさねばならないこととなる。組合規約は解散の場合の財産帰属について定めをしていないのが通例であり、補助参加人ネッスル労組も本部規約と支部規約のいずれでもこの定めをおいていないのであるが、かかる場合には、当該工場に勤務する組合員の加入もしくは配転により支部組合が具体的活動を再開しても、主務官庁の許可を得ない限り清算にかかる旧支部組合の資産を承継させることもできなくなる(労組法一二条が準用する民法七二条)。かような不合理を法が許しているとは到底言い難いのである。

七 原判決が、支部組合の組織単位たる工場に勤務する組合員がひとりも存在しなくなり、かつ、当該工場に組合員が現れる現実的可能性が当面失われたことをもって、支部の消滅事由になると判断したことは、本件紛争の経緯に照らし不合理である。

そもそも、不当労働行為救済申立制度は、使用者のなした不当労働行為の効果を排除し、将来に向けて健全な労使関係を形成することを目的としている。また、救済命令には行政処分一般に認められる公定力があり、使用者がこれに不服であっても命令が行政不服審査手続もしくは行政訴訟手続に及んでも、救済命令が取り消されるまでの期間中でも、命令を履行する義務を負っている。である以上、救済命令の目的を減殺させる支配介入行為をなしてはならないのは勿論、救済申立をなした労働組合の組合員に脱退させて、救済命令の名宛人たる労働組合の存在を脅かしてはならないのも当然である。いわんや、使用者が救済申立をなした労働組合の構成員を消滅させることにより、救済命令の履行義務を免責させることは、あってはならないのである。

本件における具体的事実関係を見るに、原判決は、本社管理職の中枢までも動員して組織的かつ計画的に島田支部の運営に介入したと認定している。右認定のために摘示された証拠たる丙第六六ないし六九号証、同第七〇号各証によれば、「本社管理職中枢」とは、第一審原告ネッスルの社長及び労務部長以下の者である。かつ、右証拠に現れている介入の時期は、昭和五七年開催の第一七回全国大会で組織対立が具体化する以前から分裂問題発生以降までの長期間に及ぶ。さらに、介入の対象事項についても、第二組合の支部執行委員長の選任、第二組合の支部大会の開催時期の決定、補助参加人ネッスル労組が使用を継続している組合事務所の占有を実力で奪取すること等の広範な事項に及ぶ。したがって、第一審原告ネッスルがその社長以下の管理職を動員して、長期間に亘り、第二組合の役員人選や組合事務所の争奪を含む組織介入を系統的に行っていたことが明らかなのである。かかる支配介入をなしつつ、第一審原告らが補助参加人ネッスル労組の存在自体を今日に至るまで否認していることは弁論の趣旨に照らして明白なのである。右各事実と経験則に照らして、日高支部所属の磯貝ら三名からの組合脱退届の作成と救済申立取下書の作成がなされた事実をみれば、これらのなされた日が第一審原告日高乳業に対する本件救済命令交付の翌日であることは、偶然の一致とは到底言い得ない。組合脱退届の提出が第一審原告らの不当労働行為の結果であることは、極めて容易に推認できる。また、かかる脱退工作がなされたことについて、補助参加人労組日高支部代表者秋田は具体的かつ詳細にその経緯を述べて真相を明らかにしているのである(本人調書八ないし一四頁)。

かかる団結権侵害に直面した補助参加人ネッスル労組にとって、団結権侵害の効果を排除して団結権を実体的に回復する唯一の方法は、団結意思と組合財産を保有する組合支部を存続させ、具体的活動を展開する組合員を日高工場内で獲得して、同労組日高支部の財産と諸蓄積を承継した支部組合活動を再展開することである。その具体的方法としては、補助参加人ネッスル労組が日高工場勤務の労働者の加入申込のあった時点で組合規約を改正して組織対象を拡大することもあり得る。また、日高工場の製品の供給を受け続けている第一審原告ネッスルがかつてのように日高工場の正社員を第一審原告の社員とした上で出向扱いとすることもあり得る。さらには、補助参加人ネッスル労組が組合規約所定の手続に従い、日高工場勤務組合員が存在しなくなる前の日高支部の財産を新発足する組合に承継させ、新発足する組合と補助参加人ネッスル労組とが連合体を結成することもあり得る。これらの多様な方法のいずれを選択するかは、補助参加人ネッスル労組の内部自治に委ねるべきことである。

かように団結を将来に向けて形成するためにも、良好な労使関係を形成することを目的とする不当労働行為救済命令の効力を日高工場内に及ばせて、不当労働行為の再発を防止することが必要である。

にも拘わらず、原判決の結論に従えば、不当労働行為救済申立をなした支部組合の組合員が組合脱退をした時点で支部組合が自然消滅したものと扱われ、日高工場勤務の組合員が復活した段階でも、当該組織は昭和六二年三月六日まで存在した支部とは別組織として扱われ、財産上も昭和六二年三月六日まで存在した支部の財産につき主務官庁の許可なくして承継し得ず、使用者は金銭精算以外に救済命令履行義務を負わないこととなる。とすれば、使用者は、組合支部から不当労働行為救済申立を受けたときには、当該支部構成員を全部消滅させることにより最良の効果を上げることができることとなるのである。これは、不当労働行為救済申立制度の制度趣旨を没却させるものである。

八 原判決が、支部組合の組織単位たる工場に勤務する組合員が一人も存在しなくなり、かつ、当該工場に組合員が現れる現実的可能性が当面失われたことをもって、支部の消滅事由になると判断したことは、最後に脱退した磯貝らの意思に反し不合理である。

なぜなら、磯貝らは、日高支部の預金通帳、印鑑、議事録等の書類を全部斎藤勝一本部執行委員長に送付している(秋田本人調書一四ないし一五頁)。通帳、印鑑、書類を本部に送付するということは、財産管理と組織運営の権限を本部に委譲する意思に基づくものという外ない。にもかかわらず、日高支部が自然消滅したとするのは、磯貝らの意思にも反するのである。

第二点ないし第四点〈省略〉

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